[東京 30日 ロイター] - ジャクソンホール会議で波乱はなかった。9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)に市場の関心は移るが、年内のテーパリング(量的緩和の縮小)がそこで決定されても、急激な金利上昇は警戒されていない。来年は米国債発行額が減ることで需給的なバランスが保たれるほか、米連邦準備理事会(FRB)の資産拡大は続き、カネ余り状態も変わらないためだ。「宴」の終了はまだ見えていない。
<ハト派的と受け止め>
ハト派的──。パウエルFRB議長の27日のジャクソンホール会議での講演内容を市場はそう受け止めた。議長は、「一過性」のインフレ率への対応により雇用の伸びが妨げられることは回避したいと強調。テーパリング開始時期については年内が適切との見方を示しながらも、具体的な時期については明言を避けた。
パウエル発言を受けて金融市場では金利低下・株高・ドル安が進行。今後数年間の米短期金利の期待を示すフェデラル・ファンド(FF)金利先物市場では先物価格が上昇し、FRBによる金融引き締めの可能性低下を予想する動きとなった。
シティグループ証券のチーフエコノミスト、村嶋帰一氏は、議長講演について、雇用情勢の進展を評価する一方、新型コロナウイルスのデルタ株の広がりを警戒するなど、プラスマイナス両方に言及したのが印象的だったとし、「金融正常化を焦ってないというのが伝わってきた」と指摘。テーパリング決定は11月とみる。
9月もしくは11月のFOMC(10月は開催予定がない)で、年内のテーパリング開始が決定されても、時期的には市場の想定範囲内であるほか、需給的な影響も米国債の減額でオフセット(相殺)される見込みだ。
JPモルガン証券は、償還を除いたグロスの米国債発行額(除くTビル=米短期国債)を2021年が4兆4070億ドル、22年が3兆5460億ドルと予想。月額では、21年10月の発行額3740億ドルに対して、22年10月の発行額は2860億ドルになると試算している。
現在、FRBは米国債を月間800億ドル購入(他にMBSを400億ドル購入)しているが、ゼロになっても、1年後の国債発行額も880億ドル減少するため、需給的にはバランスが取れることになる。
<膨らみ続けるFRBの資産>
テーパリングは資産買い入れを止めることではない。買う量を「少し」減らすだけだ。このため、テーパリングが始まってもFRBのバランスシートは拡大する。FRBが縮小に着手するのは、前回の引き締め局面同様、利上げが始まった後との見方が多い。
FRBが12年9月から始めた量的緩和第3弾(QE3)は、13年12月にテーパリング開始が決定、14年1月から月850億ドルを100億ドルずつ縮小を始め、同年10月に終了。利上げ開始は15年12月からで、バランスシート縮小は利上げを4回行った後の17年10月から開始した。
テーパリング開始から資産縮小開始まで3年9カ月。その間、ダウは約3割上昇し、米10年国債利回りは約0.6%ポイント低下している。
米ニューヨーク連銀が5月に行った試算では、現在の月額1200億ドルの債券買い入れを21年末まで継続し、22年末までに緩やかに縮小させてゼロにする場合、FRBのバランスシートは22年末までに9兆ドル(26日時点で8.3兆ドル)に拡大する。
みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト、上野泰也氏は、テーパリング後もカネ余り状態は終わらないと予想。「利回りを求める膨大なマネーが金融資産に出たり入ったりの状況が続く」とみている。
<「利上げに耐えられない社会」>
FRBが金融正常化にこれほど時間をかけるのは、米国だけでなく世界の経済が脆弱になったためだ。新型コロナへの対応で政府や民間は債務を急増、「利上げに耐えられない社会になった」と、野村証券のチーフ金利ストラテジスト、中島武信氏は指摘する。
世界の有力金融機関が参加する国際金融協会(IIF)によると、今年1─3月期の世界の債務残高は289兆ドル。1ドル110円で計算すると3京1790兆円と「京」の桁になる。金融機関の債務残高が減少したことで2年半ぶりに減少したが、政府債務は引き続き増加している。
新興市場の債務残高は86兆ドル超(9460兆円)と依然として過去最高だ。ドルの金利上昇は米国だけでなく、ドル負債を膨らませた新興国も直撃する。「FRBが長期目標に掲げる2.5%への利上げなど不可能に近く、せいぜい1.5%程度と市場はみている」(中島氏)という。
米国の指標10年債利回りはインフレ警戒もあって3月に1.77%台まで上昇したが、足元は1.3%台にすぎない。FRBが利上げを開始しても、政策金利の「天井」は以前よりも低いとみられている。
低金利とカネ余りを背景とした金融相場の「宴」はまだ続く可能性が大きい。しかし、実体経済から乖離(かいり)したマネーは常に不安定さを伴う。バブル発生や大幅な株価調整のリスクも膨らみ続ける。
(伊賀大記 編集:久保信博)
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