9月23日、オンライン政策討論会で議論する自民党総裁選の立候補者ら。左から河野太郎、岸田文雄、高市早苗、野田聖子の各氏(写真:時事)
河野太郎行政改革担当相がかねての持論として年金改革を提起したことで、自民党総裁選で論点の1つに急浮上した基礎年金問題。
これに対し、岸田文雄前政調会長は、旧民主党が提起した最低保障年金は消費税の増税が必要となるとして疑義を呈した。河野行革相が2008年ごろに基礎年金の税方式化を唱えていたことを想起しての発言だろう。
総裁選直前の9月10日には、次の公的年金改革に向けて、基礎年金の給付水準の低下を抑えるための新たな仕組みを検討することを田村憲久厚生労働相が記者会見で言及していた。
基礎年金の給付水準低下とは何か
基礎年金の給付水準の低下とは何か。「国民年金・厚生年金『積立金統合案』、何が問題か」で言及したように、現役世代の非正規雇用者が加入している国民年金の給付水準が低下することで、未婚化が進むと、低年金者が増加して高齢の生活保護受給者が増加しかねないという問題である。
「国民皆年金」を標榜するわが国において、基礎年金は現役時代の所得の多寡にかかわらず、全国民に老後に支給されることを想定している。しかし、わが国の年金制度は年金保険料を払わない人には給付しないのが原則だ。年金保険料を支払う期間が短いと給付額も少なくなる。基礎年金においてもそうである。
20歳から40年間、保険料を欠かさず払い続ければ満額の基礎年金がもらえるが、収入や雇用形態が不安定な人が年金保険料を支払い損ねると、基礎年金といえども給付はその分減らされる。
かつては25年以上、保険料を支払わなければ年金を受け取れなかった。今では10年間保険料を支払えば受け取れるが、40年間保険料を支払った人と比べると、当然ながら年金額は少なくなる。加えて、40年間保険料を支払った人が受け取る満額の基礎年金給付額でさえ、将来の給付水準は低下する見込みとなっている。
なぜ将来の年金給付水準が低下するのか。それはこの15年間、今の高齢世代の給付水準を意図通りに引き下げられなかったからである。
その背景には、マクロ経済スライドという仕組みがあるのだが、それは給付水準の世代間格差是正と年金財政の維持のために不可欠な仕組みである。マクロ経済スライドを廃止すれば、今の年金給付水準は維持できても、将来の年金給付は約束できなくなる。
発動されなかったマクロ経済スライド
マクロ経済スライドは、2004年の年金改革で導入され、早期に発動して今の高齢世代の給付水準を徐々に引き下げる代わりに、将来の給付水準が下げ止まるようにするつもりだった。
ところが、マクロ経済スライドは2014年度まで一度も発動されず、2015年度になって初めて発動された。そのため、今の高齢世代の給付水準はむしろ上がってしまった。引き上げられた状態の給付水準からマクロ経済スライドを発動しなければならず、結果的にマクロ経済スライドをより長期にわたり発動せざるをえなくなった。
これによって何が起きたのか。報酬比例年金である厚生年金も受け取れる人は給付水準の低下はほぼ避けられるが、基礎年金だけは給付水準を大きく引き下げなければならなくなった。厚生年金で給付水準の低下がほぼ避けられる理由は、積立金を多く持っているからだ。積立金が少ない基礎年金は年金保険料率を引き上げない限り、将来の給付水準で調整するしかない。
こうしたことは2019年8月に発表された年金の財政検証で明らかになった。田村厚労相が言及した「新たな仕組み」の検討とは、この現象への対応を意図している。
しかし、問題の本質は基礎年金そのものではない。老後の所得保障をどこまで公的年金で担うかである。この点を、自民党総裁選での政策論議が図らずも浮き彫りにした。
基礎年金の給付水準の低下を抑えるためには、給付財源を何らかの形で確保しなければならない。給付のためのお金は天から降って来ないので、加入者本人にもっと保険料を払ってもらうか、別の加入者が払った保険料を暗黙のうちに使って補助するか、追加で増税するかの3択である。
現行の年金制度は保険料水準固定方式を採用しており、2017年度以降、保険料水準は上がっていない。これをさらに引き上げるとなると、負担増に対する国民の反発は避けられない。
加入者に保険料をもっと払ってもらう方法として、今は60歳になるまで支払う基礎年金の保険料を、支給開始年齢の65歳になるまで払い続けてもらい、基礎年金給付に充てることも考えられる。
給付を抑えないと、生活保護は増える
しかし、本人が保険料を払えればよいが、保険料未納だと結局給付水準は上がらない。保険料免除という仕組みも使えるが、免除期間に比例して給付は一部カットされる。
別の加入者の保険料を暗黙のうちに使って補助する方法は、報酬比例年金も受け取れる厚生年金加入者が払った保険料の一部を、基礎年金しかもらえない国民年金加入者への給付に回すやり方だ。
両年金の積立金を統合したり、国の年金特別会計での勘定のやりくりを工夫するなどいろいろと考えられそうだが、国民年金加入者が厚生年金加入者に救済してもらうことには変わりない。自分が払った年金保険料は自分の老後の給付のためと思う人々からの反発は避けられないだろう。
すると、残された財源確保策は追加増税となる。もちろん、これも国民の反発は避けられない。
基礎年金の給付水準の低下を抑える方策をすべて否定すると何が起こるか。2030年代以降に高齢の生活保護受給者が今よりも増えるだろう。
ある試算によると、低年金によって生活保護受給者が増えると、生活保護給付費は2030年代初頭には対GDP比で1%、2040年代には1.5%を超え、2050年代には1.7%に達するという。これを、寓話「アリとキリギリス」のように受け取ってはならない。自らは老後に備えていて生活保護受給者にはなりえないという人でも、老後に重い税負担を負う可能性があり、無関係ではいられない。
生活保護給付の財源はすべて税金である。生活保護受給者が増えれば、その分だけ税負担を多くしなければ収支が合わなくなる。増税しないなら、生活保護給付に予算を回した分、教育や医療や防衛などに充てる予算を削らなければならない。憲法25条で保障されている健康で文化的な最低限度の生活のためには、生活保護給付は他の政策的経費よりも優先度が高い。
現在の生活保護給付の過半は、受給者の医療費のための給付である。生活保護受給者の医療費もすべて税財源で賄われている。他方、低所得でも生活保護受給者でない人は自ら保険料を払い、患者負担も払って医療を受けている。
ただし、生活保護受給者になるには、資力調査(ミーンズテスト)を受けなければならず、貯金など財産を原則として持ってはならない。
ならば、65歳以上の高齢者には税財源を使い、医療費なども自分で払えるよう最低限度の金額を資力調査なしで給付してはどうか。これなら貯金などの財産がなくなってから生活保護給付を受けるより、貯金も持ちながら最低限度の給付が受けられ、老後の生活が保障される。生活保護制度は自立を助長する仕組みであり、就労支援なども行っている。高齢者は身体的に就労も困難になってくるから、就労支援をしなくてもさほど支障はないから、生活保護制度にこだわる必要はない。
資力調査なしで高齢者向け給付を
「資力調査なしの高齢者向けの給付」といえば、まさに基礎年金そのものである。ただし、現行の基礎年金は年金保険料を払わない人に給付はない。
年金保険料を払わない人には給付しない原則にこだわり、厚生年金加入者にしわ寄せがないならよいが、そうではないことは既述の通りである。この原則にこだわると、現役時代に年金保険料を払えなかった低年金者を助けられないだけでなく、真面目に保険料を払い続けた年金受給者も税負担増から守れない。
したがって、年金保険料を払わない人に給付しない原則へのこだわりを捨て、生活保護受給者となっている低年金の高齢者にも、生活保護制度から脱して、資力調査なしに基礎年金と同様に給付してはどうだろうか。
そのための給付財源は高齢者向けに現在出している生活保護給付の税財源が活用できる。筆者の推計では、65歳以上への生活保護給付に2019年度に2.2兆円の税財源が投じられている。その分だけ、増税せずとも基礎的な給付に充てられる。
高齢者への基礎的な給付を税財源で賄うという発想は、これまで「基礎年金の税方式化」と呼ばれてきた。かつて読売新聞や日本経済新聞も基礎年金の税方式化を提言したことがある。しかし、現行の社会保険方式を支持する考え方もあり、税方式か社会保険方式かをめぐる議論は、神学論争と化した。だが、神学論争に陥れば、改革すべき課題も改革できないまま放置されてしまう。
基礎年金の給付水準の低下は抑える必要がある。それを公的年金制度の枠内だけで議論すると、高齢の生活保護受給者が取りこぼされる。税方式か社会保険方式かの神学論争に陥ることなく、税財源を充てるべき給付と、老後の所得保障をどの制度で行うか。総裁選後の新首相のもとで虚心坦懐に議論すべきである。
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