レシピを伝え継ぐには、さまざまな方法がある。口伝えやカードへの書きとめ、料理本を出す人もいる。そのいずれにも共通していることが一つある。人によるもの、ということだ。
レシピほど人間味にあふれたものは、そうはない。材料を混ぜたり、包んだり、焼いたり。その一つひとつに、作り手の生い立ちやエピソード、味の好みがからみ、心がこもる。
ただし、人には限界がある。ネット上にあるマッシュポテトのレシピをすべて読み込んでから自分なりのレシピを考え出すというわけにはいかない。パイの皮作りに最もよい方法を見つけるのに、何千もの調理法をつぶさに分析するわけにもいかないだろう。
コンピューターなら、それができる。人工知能(AI)が、ツイートやブログへの投稿を作成してくれる。美術作品も描けるし、コンピューターコードだって生成できる。そして、今、レシピも書き始めている。
AIレシピには、これまでに編み出された全レシピの要素が含まれている。用意する材料、正確な分量、手順を追っての説明、(人工的なものとはいえ)個人的な趣向を加える際の初歩的な注意点。何といってもその長所は、ネット上にある食品や料理についての膨大な情報を読み込んでいることだろう(理論的には)。
しかし、そんなレシピは本当に役に立つのだろうか。数千年にわたる料理の歴史を進化させることができるのだろうか。
レシピの最大の試金石は、米国では感謝祭の日(訳注=毎年11月の第4木曜日)のディナーになるに違いない。家庭で料理をする人も、プロのシェフも、料理雑誌の編集者も、これに異論はないだろう。メニューの幅は広く、それがみんなの期待を膨らませることにもなる。
ということで、筆者2人はAIにお出ましを願うことにした。今回は、GPT-3と呼ばれるテクノロジーだ。祭りを祝うレシピを作ってもらう。これをもとに筆者たちが料理し、それを舌の肥えたつわものどもが味見する。ニューヨーク・タイムズ紙の料理コラムニスト4人だ。
その結果は、このテクノロジーにどれほどの潜在的可能性があるかを明らかにしてくれるはずだ。同時にレシピの存在意義そのものを問うことにもなる。
で、どうなったのかという「判定」に入る前に、まずは科学の説明を――。
今回のGPT-3を開発したのは、世界で最も意欲的にAI研究に取り組んでいる組織の一つ、(訳注=米サンフランシスコの非営利団体)OpenAIだ。GPT-3は、神経回路網のように働く数学的システムで、膨大な量のデータを処理して技能を習得する。
どんなことができるのか。いくつかの事例をあげておこう。AIが創り出した作品がこのほど、米国のある州の美術コンテストで1位になった。GPT-3は、本やウィキペディア、ツイート、チャットログ、コンピュータープログラムなどのデジタルテキストを分析できる。
そこに、新たにレシピが加わった。人間が言葉や数字、シンボルをどう結びつけるか。何十億もの特徴的なパターンを識別し、これに基づいて独自のコンテンツを生成することができる。感謝祭メニューのオリジナルレシピだって読みこなし、取り込んでしまう。
AIは、いくつかの分野のあり方そのものを変革しようとしている。その対象は、メールマーケティングからコンピュータープログラミングまで幅広い。レシピの作成は、さほど一般的な分野ではないが、マサチューセッツ工科大学などの一握りの専門家たちが、このスキルをAIが究めることができるかどうか探っている。
光学研究の米学者ジャネル・シェインは、コンピューターによる機械学習についてユーモアたっぷりのブログ「AI Weirdness(おかしなAI)」を運営している。GPT-3と似たようなシステムを使って2016年にレシピ作りを始め、SNSに投稿するようになった。
このテクノロジーのごく初期のタイプでは、いささか珍妙なレシピができてきた。材料からしてナンセンスだった。「皮をむいた米」「大きめにみじん切りにした小麦粉」……。
それが今では、AIレシピは人間によるものと区別がつかないほどになった、とシェインはいう。
「それらしくするのが本当にうまい。だから、このレシピを大声で読み上げてもらっても、なんとなく聞いているだけでは、『ごくふつうのレシピみたいだ』ということになってしまう」
では、私たちは今回、どうやって感謝祭のAIメニューに挑んだのか。
まずは、GPT-3システムへの自己紹介。それも、驚くほど人間的なやり方で。開発元のOpenAIの研究員マーク・チェンが、個人的につき合うような感じにした方がよいと筆者(プリヤ・クリシュナ)に勧めてくれたからだ。
自分の生い立ちや好きな風味、好んで使う食材などを交えて語りかける。「詳細に伝えるほど、よく腕を振るう傾向がある」とのことだった。
だから、自分のラップトップでGGPT-3にログインすると、こう打ち込んだ。
「出身はテキサス州。インド系米国人の家庭に育った。好きなのは、スパイシーな風味。料理なら、イタリアンとタイ。デザートは甘すぎないもの。料理でよく使う材料はチャットマサラ(chaat masala;訳注=インド料理などでよく使われるミックススパイス)とみそ、しょうゆ、ハーブにトマトペースト」
そして、「私向けに感謝祭メニューを作って」と書き込んだ。
最初にGPT-3が出してきたレシピは、「パンプキン・スパイス・チャット(pumpkin spice chaat)」と名付けられていた。いささか困惑するコンセプトだったが、その創作力には感心した。
GPT-3の創造性を高めようと、さらに次のレシピを求めた。①私の好みにあったデザートをいくつか②典型的なものとは違う感謝祭料理③甘すぎず、ちょっとスパイシーなクランベリーソース。
数分後には、フルコースのメニューが現れた。それらしいし、面白そうだった。
「パンプキン・スパイス・チャット。みそとゴマをまぶしたサヤインゲン。ナンの詰め物。しょうゆとジンジャーでつや出しした七面鳥の丸焼き。甘すぎず、スパイスをちょっと利かせたクランベリーソース」(なんと、これがレシピのフルネームだった)。それと、食後には「オレンジクリームとチーズで霜降りしたパンプキン・スパイス・ケーキ」。
できあがれば、間違いなく食欲をそそるだろう。OpenAIの別のシステム、画像生成用のDall-Eでそれぞれの完成写真を作って確認した。
さらに、一つひとつのレシピに私の視点から書かれた紹介文を付けるようGPT-3に求めた。「この七面鳥の丸焼きは、私が子供のころに覚えた味をもとに考えた」と返ってきた(本当は違うけど)。
材料のいくつかには、首をかしげた。例えば、ナンの詰め物。ドライフルーツ2カップなど32種類もの食材があった。それに、ほとんどのレシピは、不思議なほど塩と油が少なかった。それでも、なんとかなる。そう期待した。
しかし、実際に調理し、味見をすると、そんな期待は消し飛んだ。
ケーキはギッシリ詰まって重く、味はピリッとしていて甘みがない。ナンの詰め物は、チャナマサラ(訳注=ひよこ豆を使ったインドなどの料理)のような味がした。フルーツケーキは、酒場のけんかのように食材同士がぶつかり合っていた。
12ポンド(5.4キロ強)もある七面鳥の丸焼きレシピには、風味を加える材料が一片のニンニクだけで、バターも油もなかった。結果、パサパサして味わいがない。
コリアンダーとベーキングスパイスで風味を加えたはずのチャットは、草っぽい味のするグチャグチャな代物になった。サヤインゲンとクランベリーソースは食べられたが、平凡な味にとどまった。
試験官になった料理コラムニストたちの評価は、さらに冷ややかだった。
「私たちの仕事がなくなることはなさそう」とメリッサ・クラークは皮肉った。「食べても、何の印象も残らない」とイエワンデ・コモラフェが追い打ちをかけた。
全体を最もうまくまとめたのは、ジェネビーブ・コだろうか。「料理を支える魂が抜け落ちている」
料理中に目や鼻でどこに気をつけねばならないのか。そんな注意点はほとんどなかった。なぜ、材料を特定の順に加えていくかの説明もなかった。
先の光学研究者シェインは、期待値を下げていた方がいいと味見の前からそれとなくにおわせた。AIの料理では、「レシピはホテルの部屋にある美術品のようなもの(訳注=単なる飾り)」というのだった。
とはいえ、まったくの役立たずでもない、と先のOpenAI研究員のチェンは指摘する。まだ開発の初期段階ながら、このテクノロジーは家庭で料理する人に基本的なひらめきのもとを届けるかもしれないというのだ。
「料理したいものが頭にあるのに、どう作ったものかよく分からない。あるいは、材料は一そろいあるけれど、どう結びつけたらいいのかよく分からない――そんなときに、いくつもの異なるアイデアを手っとり早くひねり出すよい助けになるのでは」とチェンはかばう。
それに、すでにあるレシピを自分用にアレンジする参考になるかもしれない、と可能性を広げてみせる。スパイスを抑え気味にしたり、特定の風味を組み込んだりする場合だ。
食と科学を結びつけた料理本も出しているニック・シャルマは、こうしたAIの処理プログラムに内在する偏りを懸念する。欧米のレシピが主流の英語のネット世界を利用しているからだ。
こうしたプログラムが非欧米の料理を提案する場合でも、元祖より米国風になりかねないと補足し、タンドリーチキンを例にあげる。
「料理について書く者としては、読者の目を新たな視点に向けさせたい。そこに挑む助け舟となり、新しい世界が生まれるのを手伝いたい」とシャルマは強調し、「AIでそんなことができるだろうか」と反問する。
それでも、AIは料理への道をすでに歩み始めている。家庭では、レシピを探すのに検索エンジンを使っている。小さじの分量を大さじに換算する必要があれば、アマゾンの音声アシスタントAlexaなどに聞けばよい。
少なくとも現時点では、レシピについてのAIは人間にとって代わるものにはなっていない。料理する人を、いずれかの方向に軽く押しやることぐらいしかできない。
よいレシピには、やはり人間らしさという重みがある。そこには、ひらめきがある。そこに至る物語があり、それを包み込む温かさがある。
それだけではない。レシピそのものと同じくらい重要なのは、料理の背後にいる一人一人だとシェインは語る。パイや詰め物、七面鳥をきちんと料理し、それをふるまうために時間をかけてくれた人がいると知ることには、かけがえのない価値がある。
「こういうレシピがだれを喜ばせるのか知りたいと人は思う。これは、AIには永遠にできないことかもしれない」
さあ、ロボットのように料理しよう:レシピの実例を一つ
この記事でAIが作成した六つのレシピの一つを記しておく。いかにも筆者のプリヤ・クリシュナが書いたように見える前書きを含めて、私たちに送られてきた通りに掲載する。ニューヨーク・タイムズ紙の料理コーナーに出ているレシピ記事のように厳しいチェックと編集の過程は経てはいないので、もしこれをもとに作る場合はよく注意するようにしてほしい(このレシピについては、筆者は記事で「草っぽい味のするグチャグチャな代物」としている)
パンプキン・スパイス・チャット(Pumpkin Spice Chaat)
◆作者:AIシステムGPT-3
「私はインド系米国人の家庭で育った。好きなのは、スパイシーな風味。典型的な感謝祭の料理は、しばしばエンジョイできないでいる。刺激に欠けるからだ。さまざまな風味と食感を持つレシピを好む。甘さと、スパイシーさ、鼻や舌への刺激のバランスが取れた風味にもひかれる。このパンプキン・スパイス・チャットのレシピは、私の好みにまさにピッタシ! 材料は、パンプキンのピューレ、チャットマサラ、ジンジャー、クローブ、ナツメグ、ブラックペッパー、ハチミツ、ライムジュース、コリアンダー、マンゴー、レッドオニオン、それにひよこ豆。とてもおいしく、感謝祭のときの簡単なスナックや付け合わせとして完璧だ」
◆用意する材料
- パンプキンのピューレ1缶
- チャットマサラ大さじ1杯
- 粉末ジンジャー小さじ1杯
- 粉末クローブ小さじ4分の1
- 粉末シナモン:小さじ2分の1
- 粉末ブラックペッパー:小さじ2分の1
- オリーブ油大さじ1杯
- ライムジュース大さじ1杯
- 刻んだコリアンダー大さじ2杯
- 砕いて炒めたピーナツ4分の1カップ
- ヨーグルト2分の1カップ
◆料理の手順
- ボウルでパンプキンピューレとチャットマサラ、ジンジャー、クローブ、シナモンとブラックペッパーを混ぜる
- 浅い鍋に油を入れ、中火にかける。上記1を加え、5分熱する
- ライムジュースとコリアンダーを加え、さらに1分熱する
- ピーナツ、ヨーグルトとくし形に切ったライムを盛り付ける
(抄訳)
(Priya Krishna and Cade Metz)Ⓒ2022 The New York Times
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