歴史料理研究家の遠藤雅司さん。
古代ギリシア、古代ローマなど遥か昔の料理を、研究文献や当時の資料を当たることでレシピを突きとめ、再現料理を作っています。古代メソポタミア料理にいたっては、粘土板に書かれた楔形文字の情報から再現したんだとか。
そんな遠藤さんに、歴史料理の再現にハマったきっかけや、筋トレブームの昨今だからこそ知りたいスパルタ料理についてうかがった。
▲歴史料理研究家の遠藤雅司さん【撮影/五十嵐美弥(小学館)】
インド旅行中止がきっかけで、1年で50か国の料理を作った
ーそもそも、なぜ歴史料理の再現にハマったんでしょう?
世界中を巡るのが好きで、料理を食べるのも好きです。
また、大学では音楽専攻で古楽を学んでいたという背景も大きいかもしれません。
ー古楽?
クラシック音楽のバロック期以前の音楽を指します。いわゆる中世西洋音楽、ルネサンス音楽、バロック音楽と呼ばれる音楽です。
卒業論文も、16世紀のイングランドの作曲家について書きました。
そんな古楽を学んでいた大学生の時、中世貴族の宴を知りました。
どんな宴かというと、カラオケのBGMみたいに奏者が楽器を弾き続け、貴族が料理を食べるというものです。
ー優雅な食事ですね
その時はそういうものがあるのか!と思っただけなんですが、心のどこかにはその印象が冷凍パッケージされて留められていました。
10年ほど前に、中世貴族の宴を再現してみようと思うきっかけがあったんです。
ーなにがあったんですか?
2011年にインド旅行を計画していて、2週間自分のスケジュールを空けていたのに、最少催行人員が集まらなかったなどの理由でインドに行けなくなりました。
10日ぐらい前に連絡がきてから、出発予定だった日まで、ショックで廃人状態。現地でインド映画を観たり、ガンジス河で沐浴しよう。夜行列車に乗ろうとか計画してました。心はインド、身体は日本という言葉がピッタリなくらい出発予定の当日まで、失意のどん底でした。大体、海外旅行は行くまでに思い入れを強くしちゃうタイプなので。
ーそれは辛い……!
国内旅行に切り替える気力も湧かなかったので、だらだらとネットサーフィンしてたんです。そしたら、「スペイン人が作る簡単パエリア」というweb記事を見つけて。家で簡単にパエリア作れるよという記事です。
普段なら自分の琴線に触れない記事なんでしょうけど、とにかく暇だったので。自然と買い物袋を持ってスーパーに行きました。ネット通販の力を借りずに家の近くのスーパーの食材だけで本当に作れるのかなと思いながら。
ーそれって2週間取ったお休みの何日目ですか?
初日の午後です。
実際作ってみたらパエリアが本当に簡単に作れる。レシピで、魚の切り身をそのまま投げ込めばいいのでとても楽でした。作った料理の味も美味しかったです。
期せずして世界の料理を作ることにハマってしまったわけです。「これはいいや!」と思い、せっかくなので毎週1品、世界各国の料理を作ろうと決めました。
その週から作り始めて、1年でおよそ50か国の料理を作りました。次はネパールのマトンカレー、その次はギリシアのムサカ、次はペルーのロモ・サルタードだ!という具合に作っていきました。
ー1年で50か国!? 失意からの立ち直り方、すごい!
1年で50か国の料理作って、次の1年はどうしようかなと。
今年と同じように100か国を目指すのか。でも、飽きて途中でやめたり、義務感のように感じて負担になったら嫌だな、なんて考えてた時に心の中に冷凍パッケージされた中世貴族の宴を思いだして、すぐに解凍しました(笑)。
私が中世ヨーロッパの料理を作って、友人のプロの音楽家に演奏してもらえば、貴族の宴が現代日本で再現出来るぞと!
そこから歴史料理を紐解く旅に出るようになりました。
▲遠藤さんが開催している歴史料理の食事会
楔形文字を解読して、古代メソポタミアの焼き菓子を作る
ー歴史料理の再現、なにから始めたんでしょう?
まずは、図書館で食文化や料理にまつわる歴史の本を借りて、ルネサンス時代のヨーロッパの食についてインプットしていきました。
ジャガイモがいつヨーロッパにたどり着いたとか、それが食材としてヨーロッパの料理に定着するのはいつ頃になるのかなど、体系的に知識を身につけていきました。
ー本にレシピも載ってるんですか?
その時代の料理書が残っているものがあれば、直接レシピが載ってる場合もありますけど、ない場合はいくつかの資料やネットを組み合わせることが多いですね。
たとえば、ルネサンス時代の芸術家が味わっていた料理を調べたい場合、一次史料として当時記された歴史書から、その芸術家のエピソードを見つけ出します。その芸術家はメモ魔で、スケッチの隣にたくさんの単語をメモしていました。
そのメモの中に、ミネストラという単語と「ソラマメを買う」という文章がありました。ミネストラはイタリア語で「野菜のごった煮」を意味する言葉であり、その芸術家はソラマメのミネストラを飲んでいたと推測できます。
そこから、さらに1400~1500年代のミネストラについての情報を調べるわけです。
ーどうやって調べるんですか?
インターネットアーカイブに当たります。
アーカイブの検索窓にイタリア語で「ミネストラ」や「14世紀」などの単語で検索をかけます。すると、その単語が含まれた資料が分かります。
当初は図書館で日本語の資料を調べていたのですが、だんだん日本語資料に加え、英語やラテン語、そのほかの外国語の文献にも当たるようになりました。
ー単語単位で本を見つけていくんだ! 根気のいる作業だ
謎解きみたいで楽しいですよ。
とある偉人がポテトを食べていることが分かれば、煮てたのか焼いてたのか、その調理法を食文化の本や料理書、偉人のエピソードが書かれたエッセイなどから探していきます。
当時のレシピは、食材の分量や、調理時間は書いてないことがほとんどなので、そのあたりは、自分で料理を再現しながら、現代の料理知識を駆使して、美味しい分量や時間を見つけて当時の料理書の「空白」を埋めていきます。
ー今まで再現したなかで、印象に残ってる歴史料理ってなんですか?
古代メソポタミアの焼き菓子の料理ですね。最古の料理なので印象深いです。
食材は分かってたんで、それを組み合わせてどう作るのか、ああでもないこうでもないと試行錯誤した結果、意外に美味しいお菓子が出来て、目からウロコでした。
▲古代メソポタミアの焼き菓子「クック」
ーへ~、焼き菓子
古代メソポタミアのアッカド語で「クック」という名前を持つ焼き菓子で、全粒粉にバター、牛乳、砂糖代わりの甘味としてデーツ(ナツメヤシの実)を混ぜて焼き上げます。
この焼き菓子にはソースのレシピもあって、タマネギ、ニンニク、かぶが入っているんです。タマネギ、ニンニク、かぶが焼き菓子のソースになるのは現代にはほぼない取り合わせなので、このマリアージュはどうなんだろうと疑問が湧きましたが、現代人の先入観を捨てて古代メソポタミアの人々になりきって作ってみたら意外と美味しかったです。
故きを温ねて新しきを知る。温故知新を古代メソポタミアの料理から学びました。
ーレシピは何に残ってたんですか?
粘土板です。粘土板に楔形文字のアッカド語で、レシピが刻まれてるんです。
ー粘土板に楔形文字で!?
古代オリエントの有名なアッシリア学者が粘土板を解読し、『最古の料理』として書籍を刊行しています。解読したレシピが載っています。
粘土板には何分煮る時間指定や食材それぞれの分量の記載はほとんどないので、その一次史料を基に、私がレシピの「空白」を埋める作業をしながら料理の再現をします
ーそんな昔からレシピって共有してたんだ……!
粘土板に「肉を屠って、お前は鍋に投げ入れる」とか書かれています。神が人間に指示をしているように、レシピに「お前は」「お前が」と二人称で書かれています。
「肉を屠って、お前は鍋に投げ入れる」って書かれていれば、現代人の思考を捨てて「はい分かりました」と肉を投げ入れます。
これは、歴史料理に限った話しではないですけど、料理って色んな「美味しい」がありますよね。歴史を遡って、凝り固まった価値観をほぐして、新たな「美味しい」を発見できればいいなと思っています。
スパルタ人はブタの血のスープを飲んでいた!?
ー最近、筋トレブームですよね。筋骨隆々のイメージがあるスパルタ人ってどんな料理食べてたんですか?
古代ギリシア時代に書かれた料理エッセイがあって、そこには、スパルタ人の料理には鶏肉が出るとか、エジプト人はどんな料理を食べていた、アテナイの人はどうしてたなど、料理にまつわるエピソードが記されています。
ーそんな昔から料理エッセイってあったんだ。
スパルタは質実剛健ですね。平和な時はそんなに美味しくない料理を食べ、戦争の時は美味しい料理を食べていたようです。スパルタ人たちは、自分たちが味わった料理をそこまで美味しくないとは考えてなかったようですが。
戦のときは、串に刺して美味しく焼いた鶏肉を食べていたようです。ガチョウの肝やモツなども食べていた。戦の前は、ケシの実を加えたパンを食べていたという記録もあります。
戦に出れば美味しいものが食べられるので、少ない人数でも大群相手に勇敢に戦えるというわけです。
ー平和な時は何を食べてるんですか?
パンやエンドウ豆のスープ。ソーセージやチーズ、そら豆やレンズ豆、豚肉とオリーブを混ぜたものなどを食べていたようです。
ー当時から、ちゃんとタンパク質をとる意識がありますね
身体にいいもの、健康にいいものを食べていますね。
その中でも、メラスゾーモスは異色の料理です。
▲メラスゾーモス
ーメラスゾーモス? なんですか、それ
メラスは「黒」を、ゾーモスは「スープ、煮出し汁」を指すので直訳すると「黒のスープ」になります。その実態は、豚の血と肉が入ったスープになります。
美味しく再現するのがすごく大変な料理でした。
ー豚の血!?
歴史料理を振舞うイベントで、古代ギリシア料理出しますって宣言したものの美味しく作るのに苦労しました。
豚の血は東南アジアから輸入して、輸血パックみたいな状態で入手しました。
鍋に注ぎ入れて熱すると、むせて気持ち悪くなってきました。家で試作もしたのですが、血のクセがとんでもなくて、とても人に出せる代物じゃないんです。
そこで、スープと一緒に食べていたとされる、オリーブオイルや赤ワインビネガーなどの混ぜ合わせたソースに、野菜やさやいんげん、レンズ豆を鍋に入れて煮込んで、塩コショウで味つけして「中和」させました。
ーどんな味なんですか?
なんとか滋養のある美味しい味わいに着地できました。参加者の方の様々な反応が面白かったです。見た目は黒いですし、食べる前に「豚の血と肉のスープ!」って連呼していたところもありましたので。
いずれにしても、スパルタのとんでもない料理ってことで、満足度は高かったです。
ー個人的にはすごく飲んでみたい……!
美味しさだけを追及しているわけじゃない、スパルタならではの料理観ですね。
「歴史料理を作っていると、目からウロコな体験が出来る」と遠藤さんは言います。
歴史料理の再現は、価値観を広げる行為でもあるんですね。
いくつもの情報を組み合わせて、レシピに辿りつく謎解きの要素も楽しそう。
調べて良し、作って良し、食べて良し。いろんな側面から楽しめる活動でした。
書いた人:松澤茂信
珍スポットマニア。日本全国1,000ヵ所以上のちょっと変わった観光地や飲食店を巡り歩いています。
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